最近の読書を進めるうえで、『日本人なのに日本の歴史に乏しい』とか『日本の戦後教育はアメリカの都合の良いようにされている』といった事に関して、知的好奇心を思いっきりくすぐられています。

そんな中、書店で目に留まったのがこちらの一冊。

日本の中にいて見えない歴史は、外から日本を見た人から学べばいいじゃん!」という理論です。

初めて聞いたよ、黄禍論

日本人だけが知らない 世界から尊敬される日本人』では、まず始めに世界で活躍しているにも関わらず、日本であまり知られていない日本人の実例を挙げ、なぜそのような事態に陥っているかの説明があります。

先日『学問のすすめ』を読んだ時に抱いた疑問も、ほぼほぼこの段階で氷解しました。それぐらい分かりやすく書かれています。

その中で出てくるキーワードが『黄禍論』です。

もしかしたら高校の日本史の先生が授業の中でサラッと口にしたことがあるのかもしれませんが、聞き覚えの無い初めて聞く言葉でした。

言葉の意味は文字通り、色人種が(わざわい)をもたらすのではないかという考え(理の事です。

『黄色人種の差別』と単にいえるものではなく、それが根底にあることは確かなのですが、そこに当時の世界の趨勢を加味しているのが、この『黄禍論』です。

白人至上主義における黒人差別は最も顕著で、その理由も奴隷貿易によるものだと大体の人は思いつくとは思うのですが、黄色人種に対する差別の理由は何か、と問われるとなかなか答えられないのではないでしょうか。

まぁ、白人至上主義自体が科学的根拠の無い言いがかりみたいな所もあるので、実際のところ理由なんて後から付いてきてるだけなんでしょうけど…。

ともあれこの『黄禍論』というキーワードを探求することで、黄色人種に対する差別の理由がおおよそ紐解けるのではないでしょうか。

文化の違いにも触れられる

日本人だけが知らない 世界から尊敬される日本人』では読んで字のごとく、人物の紹介がメインです。

もちろん、これまで知り得なかった素晴らしい日本人を知ることが出来るのも面白いのですが、その合間合間に見られるアメリカと日本の文化の違いに関する記述も面白い

個人的にその中で一番の衝撃だったのはアメリカの交通事情。

日本では会社への通勤手段として公共交通機関(特にJRや私鉄といった鉄道、一部はバスも)を利用するのが一般的なので、鉄道を移動手段として考えるコトが多いですが、アメリカではどうやらそうではない様子。

確かに振り返ってみれば、日本の映画で電車が出てくるシーン(東京都内を題材にした場合)は大体満員電車ですが、洋画で出てくる地下鉄では(例えそれが大都市であっても)日本の様に満員で描かれていることは無かったですね。

A級戦犯

『A級戦犯』と聞くとどんなイメージを抱くでしょうか。

個人的に真っ先に思い浮かぶのは『東条英機』。『極東軍事裁判』における写真も教科書に載っていたりしますね。

では次に『東条英機』に対してどのようなイメージを持っているでしょうか。

大抵の人は「日本を戦争に導いた悪い人」と考えるのではないでしょうか。

まぁ、確かに太平洋戦争開戦を決めた時の内閣総理大臣ではあるのですが…。

個人的にはどの写真を見ても、極悪非道の顔というよりは温厚そうな人に見えます。人柄や当時の動きを少し調べただけでも、戦争とは如何なるものかと考えさせられますね。

さて、話は変わって少し前にテレビでも多々紹介された『杉原千畝』をご存知でしょうか。

今日では多くの人がその功績を知っていることでしょう。『日本人だけが知らない 世界から尊敬される日本人』でも改めてその功績を知ることが出来ます。

ですが、ここでは『杉原千畝』ではなく別の事に触れたいと思います。少し長くなりますが引用させて頂きます。

一九三八年にハルビン特務機関長だった陸軍の樋口喜一郎は、極東に逃げてきたユダヤ人難民を救済しました。この時、南満州鉄道の臨時列車を走らせたのは、当時、満鉄総裁だった松岡洋右です。また、樋口の行為に非難が高まると、関東軍参謀長であった東條英機は、樋口の行った行為を容認しています。満州に逃げてきたユダヤ人を樋口や東條が救ったことにドイツの外務省が抗議すると、東條は「人道上、当然だ」と応じたのです。

日本人だけが知らない 世界から尊敬される日本人』より

日本人だけが知らない 世界から尊敬される日本人』の中で一番驚きだったのがこの段落だったのは言うまでもないでしょう。

1938年と言えば先述した『杉原千畝』の『命のビザ』発給よりも前、加えて太平洋戦争開戦前でもあるのですが、後にA級戦犯となった人物が「人道上」という理由のもと、こうした行為を行っていたのです。

『杉原千畝』でさえも当時は汚名を着せられ、近年その名誉が回復され、テレビでも取り上げられるようになりましたが、『東条英機』が、『杉原千畝』が服務規定に逆らってでも人命を救助した事と比べれば直接の実施者ではないという違いはあるものの、人道上の理由でユダヤ人を保護した事は、大々的に報じられるようなことは無いのだろうと思います。

これだけを見ても、大東亜戦争を侵略戦争である太平洋戦争と表記し、裁かれたA級戦犯は悉く悪と決めつけている今の教育内容が、どれだけ意図的に行われているかが垣間見えるでしょう。

最後に

ここ最近で吸収している知識って、教育現場ではもちろんテレビなどでも得られない知識ばかりなんですよね。

ネット上を探せば得られるのかもしれませんが、その前段階である「何を知りたいか」「どう検索したらヒットするのか」という点で、ネットではなかなか難しいなぁと感じます。

本来インターネットのあるべきは(Googleの理念と照らし合わせても)、欲しい情報にすぐにアクセスできること、そこから関連する情報にもすぐにアクセスできること(こちらはどちらかと言えばHTMLか?)だと思います。

発展こそしていますが、読書のそれにはまだまだ敵わないという思いが日に日に増してきています。

ネット上の情報はどうしてもピンポイントになりがちですが、書籍の場合は(文字数や著者の人柄も関係しているのかもしれませんが)付加的な情報も多々記述されているため、本論の他にも、もちろんそれら付加的な情報は本論の根拠と根差していることが多いのですが、知的好奇心を駆り立てる要素が多いと感じます。

これがインターネットが普及しまくった現在でも、電子書籍化の波が全体まで波及していないこともありますが、紙の書籍文化が残り続ける理由なのかもしれません。

以上です。

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