突然ですが、『乃木希典』(以下、敬称略して乃木とします)という歴史上の人物をご存知でしょうか。

戦後教育の賜物なのか、ある程度の好奇心を持っていない方にはきっと聞いたことの無い名前かと思います。

先日、昔の映画を見ていた際にふと思うコトがあったので、思うままに書いてみようと思い立ちました。

どんな人物か

乃木に関する歴史上の事柄で最も有名なのが、日露戦争における旅順攻略です。

開戦後、東郷平八郎率いる連合艦隊からの要請により、大本営は旅順の攻略を企てます。

大本営は旅順攻略にあたり、第3軍を編成。その司令官に乃木が就任しました。

司令官就任当時の乃木は隠居の身だったのですが、私の愛読書でもある『坂の上の雲』の描写の借りるなら、これは大本営の山県有朋の藩閥政治によるモノだったと言われています。

ただし、薩長同数の法則には必ずしも則ったモノではなかったようで、その辺の議論に興味がある方はWikipediaを追ってみてください。

旅順攻略作戦では甚大な犠牲を払ったものの、旅順要塞陥落後は乃木の人となりが日本だけではなく世界からも称賛され、連合艦隊司令長官を務めた東郷平八郎と並んで日露戦役におけるMVPに輝きました。

ただし、旅順攻略作戦で多くの日本人を死なせてしまった責にかられ、一時は自ら命を絶つことを望みますが明治天皇のご配慮を賜り、その明治天皇が崩御された後を追って自刃します。

登場する作品

私自身、この記事を書くに至るまで『乃木希典』を重点的に調べてきたわけではないので、知っているものだけ挙げておきます。

坂の上の雲

司馬遼太郎が日露戦役を伊予松山出身の3人を中心に描いた作品である『坂の上の雲』。

乃木は物語の中心では無いのですが、日露戦役を語るうえでは欠かせない出来事の中心人物であるがゆえに登場します。

後から知ったことですが、司馬遼太郎は乃木に対して批判的であるようで、『坂の上の雲』における乃木の描写も当時の世論の大勢とは一線を画すモノとなっています。

それらを踏まえたうえで『坂の上の雲』においては乃木の人となりや世間から評価された部分が見えにくいと感じました。

二百三高地

コチラはずいぶん昔に公開された映画になります。

現代の人が見ると、近代でありながら時代劇の様に感じてしまうかもしれません。

203高地というのは、旅順攻略作戦において最重要拠点となった地点であり、この203高地の占領によりそれまで日本人の血を吸ってきた旅順要塞は陥落、東郷率いる連合艦隊のストレスとなっていた旅順艦隊の撃滅をも果たすこととなりました。

ちなみに『坂の上の雲』でも語られていますが、この太平洋戦争時の電報や命令書の中でよく使われている『撃滅』という言葉、日露戦争当時は常用されるようなワードでは無かったのだとか。

皆さんもよく知る人物がこの『撃滅』という言葉を天皇陛下に上奏したのですが、これが悪習となって昭和に受け継がれてしまったのは何の因果でしょうか。

話が逸れましたが、『二百三高地』では乃木をメインにストーリーが展開されていきます。

坂の上の雲』とは異なる描写もいくつか見受けられたような気がしますが、視覚情報として得られる分、乃木希典という人物の具体的なイメージを想起させてくれる素晴らしい作品です。

冒頭で述べた映画というのがコチラです。

武士道と騎士道

坂の上の雲』においても、『二百三高地』においても、日露戦役は「武士道と騎士道がまだ存在していた」と述べられています。

この『武士道』という言葉、現代を生きる私たちには非常に理解しがたいものです。

なぜなら太平洋戦争の敗北に伴って、アメリカが日本の教育の中から『武士道』を排除したからです。

戦後75年を過ぎ、本物の『武士道』を持った日本人はもう存在しないのかもしれません。

日本人が誇る高貴な精神は果たして失われてしまったのでしょうか。

とりあえず私はもう一度『武士道』を読み返してみます。

余談

見出しの通りですが、先日私が住んでいる町のすぐ近くで医師が嘱託殺人の疑いで逮捕・起訴されました。

その報道の中で、元東京都知事である石原慎太郎氏のツイートが話題を呼びましたね。

その話題をニュースアプリで見つけた時、ハッとさせられたのを今でも覚えています。

圧倒的に批判的な意見が多かったと(勝手に)思っていますが、それを「古い」と一蹴してしまうのは拙速ではないかと考えています。

『尊厳死』とは教科書の中にあるだけの言葉なんでしょうか。

乃木式

乃木が学習院院長に就任した後の明治40年(1907年)頃、「乃木式」という言葉が流行した。没後の大正4年(1915年)には『乃木式』という名称の雑誌も発行され、乃木の人格は尊敬を集めていた。当時、乃木は、質素と謹厳の代名詞だった。

Wikipediaより

日露戦争当時は開国間もない日本というコトもあり、乃木に限らず江戸時代まで醸成された高貴な精神(武士道)を持ち合わせた日本人が大多数でした。

中でもここ数日の間に乃木の描写に多く触れたことで、この『乃木式』に興味を抱きました。

ただし、残念なことに「乃木式」で検索を掛けると義手の記事ばかりがヒットする為、なかなか真実に辿り着けません。

これももしかすると現代の弊害なのかもしれませんが、以降努めて探ってみようと思います。

白樺派

『乃木式』を追求するにあたり、覚えておかなければならないことがあります。

それが『白樺派』。

ずっと昔に社会の勉強で聞いたことはあるのですが、それが何を意味するか(恥ずかしながら)この歳まで分かりませんでした。

以前にも少し触れましたが、単なるワードとしてしか認識していなかったのです。

それが『乃木式』と繋がったときの何とも言えない満足感、伝わるでしょうか…。

学習院院長であった乃木希典が体現する武士像や明治の精神への反発からである。

Wikipediaより

この白樺派は乃木式と真っ向に存在するモノです。

乃木式を紐解くうえで、命題と待遇の関係の様に、重要な資料になるのではないかとワクワクが止まりません。

こうやって興味を持った一つの事柄から芋づる式に知識の枝を伸ばしていくのがどれほど好奇心をそそられる事か。

最後に

学生時代の社会の勉強を振り返ってみると、旧石器~飛鳥・明治から大正にかけての歴史というのはとてもつまらないと思っていました。

なかでも明治というのは旧石器~飛鳥と比べて登場人物が多く、出来事が起こった日付までを記憶しなければいけないために、はっきり言って嫌いでした。

その明治時代に今最も興味・関心を引かれているというのは不思議なものですね。

以上です。

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