戦争の映画が好きでよく見ます。平和な世の中に生まれた反動でしょうか?

これまではパッと見で面白そうなモノばかり見ていたのですが、テレワークの最中にYoutubeで戦争に関する動画をいくつか見ていて気になったことがあったので、関連する動画を漁ってみていました。

その中で、他国ではありますが、アメリカの戦争の歴史を振り返ってみて、ふと思うコトがあったのでその内容を紹介しておきます。

アメリカは勝ち続けているわけではない

現在の覇権国家と言えばもちろんアメリカですが、日本との戦争に勝利してから今日まで勝ち続けているわけではなく、意外と負けを喫しているんです。

具体例を挙げれば、朝鮮戦争・ベトナム戦争・イラクおよび中東での戦争です。

戦争の舞台がアジア諸国であるだけに、アメリカ本土が太平洋戦争で日本本土が被ったような被害を受けることはありませんが、戦争そのものには勝てていないんです。

太平洋戦争ではあれだけ日本を追い詰めたアメリカが、です。

アメリカの戦争に対する意識

第二次世界大戦を振り返るとよく分かるのですが、アメリカは多国間の争いに介入することに関して、厳しい世論が存在することは間違いないでしょう。

ナチスが電撃戦を繰り広げていた中でさえ、アメリカは中立を貫こうとしました。

さらに、前章で述べた戦争に関しては、アメリカ国内での反戦世論に圧されて勝ちを得ることが出来なかったと言っても的外れではないでしょう。

軍事大国と呼ばれるアメリカですが、その武力の対外行使に関しては意外と消極的な部分があることはこのような歴史からも伺えます。

だからこそ『世界の警察』の役割を担い得たのかもしれません。

民主主義 対 共産主義(あるいは社会主義)

第二次世界大戦が『民主主義とファシズムの戦い』と言われるように、近代のアメリカが経験した戦争は基本的に共産主義との戦いでした。

朝鮮戦争では北朝鮮との、ベトナム戦争では北ベトナムとの、イラクにおいては…どちらかと言えば原理主義ですかね。

そしてこれらの戦争でアメリカが決定的な勝ちを得ることが出来なかった理由には、相手国の背景が大きく関係しています。

つまり、北朝鮮の後ろ盾となっていた国はどこか、北ベトナムを支援していた国はどこか、イラクや中東地域に武器を供給していた国はどこか。

ロシアです。

『アメリカとロシアの代理戦争』という言葉ほど、近代の世界軍事情勢を的確に言い表している言葉は無いなとつくづく感じました。

日本が戦火に巻き込まれる日

さて、ここまで見てきた『アメリカが勝てなかった戦争』ですが、その多くが『共産主義勢力が侵略を企図した』コトに端を発したものであることが分かります。

日本人は戦後75年を経て平和ボケしてしまいましたが、実は今この矢面に立っている事が分かるでしょうか。

今の世界を見渡して、共産主義国家と言えば?

そしてその共産主義国家が今現在対外的に行っている活動と言えば?

そう、次に戦争が起こる時、それは民主主義と共産主義の大国同士による全面戦争になる危険性を大いに孕んでいるのです。

戦争を避けられるに越したことは無い

アメリカの戦争の歴史から、日本が戦火に巻き込まれる可能性を示唆してきましたが、何も日清・日露戦争の様にこちらから火ぶたを切ろうと言っているわけではありません。

私も平和な世の中の恩恵を多分に享受している身ですから、戦争が起こらないに越したことはありません。

しかし、戦争というモノは情勢やら機運によって偶発的に起こってしまうというのが私の考えです。

いくら戦争反対と叫んでも、起こってしまう時には起こってしまう。

例え戦争によって大きな損害が生じると分かっていても、です。

太平洋戦争から変わらない、日本の性質

少し話が変わりますが、太平洋戦争に負けた要因として根性論と危機管理能力の低さがあります。

分かりやすく根性論にしてみましたが、要は気迫を持って突撃すれば敵の銃弾をも避けられるとかそういった類です。

危機管理能力の低さに関してはそのままなので説明不要だと思いますが、日本人は言霊を信じるがゆえに危機管理能力に劣っている、と言えるでしょう。

具体例に関しては説明を省きますが、興味のある方は以下の書籍を読んでみてください。

東日本大震災における一連の出来事や、今もなお日本国内に芽吹いているある問題への見方が少し変わるかもしれません。

本筋から逸れてしまいましたが「対空兵器が配備されるから狙われる」というのは誤りで、対空兵器なんぞを配備しなくても日本全土は既にミサイルの射程圏内です。

その中で日本本土への被害を最小限に抑えるための配備なんですから、それが無ければ対抗する手段もなく着弾を待つだけになってしまうコトになぜ気付かないのか。

最後に

8月28日、安倍総理の辞任が報道されました。

私は奥羽列藩の、なかでも小沢王国の出身ではありますが、お疲れ様でしたと声を掛けてあげたい。

さて、辞任の時期が時期であるだけに、考えさせられることは山ほどあります。

東京オリンピックはどうなるのか、開催されなかった場合に低迷する経済をどう立て直すのか(国債を発行しての公共事業、とりわけ中央省庁と地方自治体のシステム一元化に期待)、アメリカ大統領選挙の結果をどう見据えてどのような対米外交を進めていくのか、周辺諸国との外交問題はどのように解決していくのか(そもそも「外交問題ですらない」という意見は置いといて…)、など。

なかでも本記事で取り上げた様な軍事情勢に、かつては平和ボケしていた(今でもまだ平和ボケしているかもしれない)私でさえ関心を寄せています。

解釈の違いになるかもしれませんが、憲法は日本の宣戦布告を破棄するモノであり、戦争に巻き込まれない保証はしていません。

今一度、それが意味するところを考えてみるべきではないでしょうか。

覇権国家であるアメリカが在日米軍基地の費用負担を日本に求めていることが暗示しているのは何なのかを。

以上です。

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