『読書』と聞いて思い浮かべる書籍はどのようなモノでしょうか。

きっと自己啓発書やビジネス書、小説などがその筆頭でしょう。

そして、漫画が『読書』のうちに入ることはありません。

しかし、私は「漫画も『読書』たり得る」と考えています。

自己啓発書・ビジネス書と漫画の違い

理路整然と述べられているか、ストーリー仕立てにされているかの違いしかありません。

漫画の多くは主人公が途方もない夢を追いかけるところから始まります。

この時点で自己啓発書に書かれている『目標を持つ』状態は説明できると思いませんか。

その主人公は物語の中でどんな困難にも立ち向かっていきます。

時には失敗(あるいは敗北)をすることもあるでしょう。

それでも立ち上がりますよね。失敗を糧にして目標へとさらに突き進んでいきます。

…これ以上、この説明は不要でしょう。(本当は他にも書きたいことがあったのですが、それらは冗長であるように思えてきました…。)

漫画の主人公こそ、自己啓発書やビジネス書に書かれている内容を率先して実践しているのです。

日常生活とは紐づけるのが難しい内容もありますが、具体例がイラスト付きで示されているんです。

これほど分かりやすい書籍も無いでしょう。

漫画が『読書』たり得るケース

前章で述べたように、漫画の中には自己啓発書であったりビジネス書に書かれている内容が色濃く反映されています。

しかし、それらに気付かずただただストーリーを楽しむだけでは、享楽にしかなりません。

漫画を『読書』たらしめるためには、その内容に対して「なぜ?」と疑問を抱くことが必要です。

人気漫画である『ワンピース』について具体例を挙げれば、「なぜ、ルフィに仲間は付いていくのか?」とか「なぜ、ルフィは裏切った仲間も追い続けるのか」とかでしょうか。

私のそれらに対する考察はさておき余談になりますが、『ワンピース』がこれだけの人気を博している理由の根底には、日本人の魂に訴えかけるモノがあるからではないかと考えています。

ウイスキーピークでゾロは何と呼ばれていたでしょうか。

漫画を振り返ってみて

これまで読んできた漫画はそれほど多くありませんが、中には今でもセリフを覚えているモノがあります。

一人の命は一人分の価値しかなく、それ以上でもそれ以下でもない。

鋼の錬金術師』より

この言葉が語られた場面が場面であるだけに、ブラッドレイ大総統の冷酷さを助長するコトになっていますが、『学問のすゝめ』の冒頭で紹介されている言葉と似ているとは思いませんか。

学問のすゝめ』では命よりも大きく人間という単位で語られていますが、私にはどちらかと言えばこの命を単位として考える言葉の方がしっくりきました。

人は生まれながらに平等で、その命の価値は等しく存在する。

ただし、人間そのものの価値はまた別にある、という考え方です。

最後に

漫画も読み方によっては『読書』たり得ると私が考える理由を述べましたが、実のところそんな前提で漫画を読み進めていくのは結構難しいものです。

ストーリーが面白く、それを享受するに終始してしまいますからね。

だから、無理に「なぜ?」と思いながら読み進める必要はありません。

読み終わってからしばらくして、ふと「あれはどういう意味だったんだろう」という壁にぶち当たれば御の字です。

意識するとすれば、そちらですね。

以上です。

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