『夜の仕事』を続けながら日中は転職活動を行い、
目標としていた4月入社の内定を頂くことが出来ました。

その会社を選んだ理由

新卒で入社した会社を辞めようと考えていた時期に
客先で仕事がひと段落していたので、求人情報を眺めていました。

※本当は客先のPCでそんなことすると怒られますからね。

出身である岩手県にいずれは帰りたいと考えていたので、
岩手県内での仕事をメインに探していました。

岩手県内のIT企業は市場が大きくないこともあってか、
中途採用の場合は「経験年数〇年以上」という記載が多かったです。

新卒入社した会社に1年と1ヶ月在籍していたことは確かですが、
そのうちシステム開発案件に参画していた期間は約半年だったので、
そうした求人情報は流していました。

そんな中、中途でも「開発に携わったことのある方」という文言で
求人票を出していたのがその会社でした。

面接までの流れ

数回の転職を経て、ハローワークの利用を検討していた私は
偶然そこでその会社の求人情報と再会しました。

ハローワークを通じての就業であれば手当を受け取れるらしく、
ハローワークに相談してその会社の求人にエントリーすることにしました。

※余談ですが、前職である『夜の仕事』での契約書を私も勤務先も紛失していたため、
手当を受け取る為の書類は提出することが出来ませんでした。

最初に履歴書を送付し、すぐに面接の日程を調整することが出来ました。

仙台オフィスの雰囲気はとてもよく、設備もしっかりしていて
新卒で入社した会社の雰囲気より良かったです。

面接の相手は社長でした。
(失礼な話ですが、正直部長クラスの人だと思っていました。)

過去の職歴に関しては嘘偽りなく話したところ、
「面白い経験してきたね」「でも、そろそろ落ち着かないとね」
「男児一生の仕事をしないとね」「とりあえずやってみようか」
という流れで内定に至りました。

この時は社長の元気な応対にまだ好感が持てていたものです。

就業してから最初の案件参画まで

「いずれは岩手へ戻りたい」と面接の際に切り出したところ、
「とりあえず5月から9月頃まで仙台での案件があるから、
そこでいったん落ち着かせてから転勤の方がいいよね」と
最初はこちらの状況を配慮していただいていました。

ですが、入社直前に「5月から岩手でも大丈夫?」と聞かれました。
ここからその会社の社長の本質があらわになってきます。

その質問にはYESと回答しましたが、入社後すぐに
「5月からだと忙しいよね。まずは仙台でやってて。」と。

その4日後には5月から岩手での参画案件の
面談が組まれていました。(面談を知ったのは当日のお昼でした。)

その案件はWPFの案件だったため、
UWPを経験していた私にとってはXAMLはブランクはあるにしろ
アレルギーのない、むしろ歓迎すべき条件でした。

面談の5分後にはYESのメールが来ていたようです。

こうして急遽5月から岩手での就業が決まりました。

(余談)引っ越しにまつわるお話

5月から岩手での案件に参画することになりましたが、
所属は仙台のままでした。

この時点でまず「転勤」ではありません。

「長期出張」という扱いになるのかと思いきや、
「今の自宅は引き払ってレオパレスに入る」とのことでした。

その際に「住民票の移動はどうなりますか」と尋ねたところ
「今年一年間は移動しないでおいてくれ」とのこと。

こうして岩手で生活を営みつつも住民税は仙台に
納めるという法を犯しそうな状況が発生しました。

レオパレスの家賃を全額負担していただいていた為、
全体としてはプラスではありますが、納得のいく状況ではありませんでした。

さらに、「今の自宅を全て引き払って」「岩手へ引っ越す」のにかかる費用のうち
会社が負担してくれるのは交通費含めず上限3万円とのことでした。

会社からの指定業者は既に指定期日に間に合わない状況だったため、
会社に確認したのち、別な業者にて見積もりを頂くことになりました。

その結果見積もられた費用は10万円ちょうどでした。

別な会社でも比較検討したわけでは無いので
その会社がぼったくりだったかどうかはわかりませんが、
「時期と距離に関する料金が大半」とのことでした。

会社命令による移動にも関わらず、結果的に7万円超の
自己負担が発生することとなりました。

(余談)案件参画後の状況

いわゆる「エンド直」という形での参画となりました。

WPFでの案件ではありましたが、担当することになったのは
サーバー側のMVCパターンでの要件定義からテストまで。

その企業が行う開発のフレームワークの開発だったため、
さらに上流工程(企画など)と並行しての開発でした。

余談ですが参画した時既にソリューションが乱立している状態だったため、
その全体像を把握するまで1ヶ月半ほどかかりました。

新卒入社した会社で参画した案件では、
報告・連絡・相談を怠ったことで嫌気がさしたこともあり、
この時は最初からそうしたことを心がけて開発を進めました。

当時のチームリーダーは他の2部署ともやり取りする立場だったため、
イライラしているときもありましたが、私からの確認や提案を
ちゃんと聞いてくれ、場合によっては他のメンバーを巻き込んでの
議論の場を設けていただくときもありました。

ご年齢を考えれば素晴らしいマネジメントをしてくださっていたと思います。

20代は私だけのプロジェクトチームでしたが、
他部署との連携に関するレビューなどにも参加させて頂いたりと
私のエンジニア人生における根幹となるに違いない素晴らしい環境で
経験を積ませて頂くことが出来ました。

会社を辞めるに至った理由

参画した案件に対しては製品のリリースまで
携わっていきたいと思えるものでした。

そんな案件を抜けてまで退職したいと思った理由は
ひとえに所属している企業の体制の甘さにありました。

私の派遣契約における標準稼働時間は140~180時間でした。

客先での稼働時間が180時間を超えた場合、超過料金として
客先から私が所属する企業へ契約金の他に支払われます。

その制度が私と私が所属する企業との間の雇用契約にも
反映されていたのです。

すなわち、稼働時間の少ない8月に40時間残業して
総稼働時間が180時間ちょうどだった場合、
私に対して40時間分の残業代は支払われません。

正社員として働きながら、実情はフリーランスと同じような状態です。
ちなみに、みなし残業手当なども給与には含まれていません。

これが私が退職するに至った最大の理由です。

私の場合はこの実情に納得いかなかったため、
経理と社長に対してメールにて談判しました。
稼働時間もすべて計算して〇時間分の残業を支払ってください、と。

その後直接社長とお話をし、
「うちはそういう契約」で「参画前に伝えている」が、
「(私には)伝えていなかった」し「君の言うことはもっともだ」
ということで約40時間分の未払い分を払っていただくことが出来ました。

しかし、そのお話の最後に
「これ、他の社員には言わないでね」とも付け加えられました。

私の他には100時間分以上未払いの社員もいたため、
その方々に対応していたら経営が回らなかったのでしょう。

もちろん客先にいたエンジニアにはすべて展開済みで、
やり取りを行ったメールも全て展開しました。

今後どのような対応をするのかはわかりませんが、
私は今でも給与明細と勤務表は控えてあります。
(本当はだめですけどね。)

未払いの残業代に関しては支払っていただくことが出来ましたが、
客先からの評価に対する私への待遇に満足できなかったこともあり、
最終的に退職するに至りました。

その後のその会社

聞こえてくる噂によれば、客先企業に社員を引き抜かれたことで
訴えるだのなんだのと騒いだようです。

少なくとも仙台ではあまりいい噂は広まっていないようでした。

スポンサーリンク