物流倉庫での短期アルバイトが終了した後は、同じく夜の時間帯での仕事を探し、このブログでは(規約上)書けないような仕事を3か月ほどしていました。

月30万程度稼げていたので、当時の年齢にしては貰っていた方ではないかと思います。

しかし最終目標は「長く勤められる会社に入る」ことでしたので、転職活動は続けていました。

そんな折、とある企業の求人に目が留まりました。

本記事では私が昼夜逆転生活から昼職へと復帰した際に入社した会社(以下、E社)のお話をご紹介します。

※物流倉庫でアルバイトをしていた頃の記事は下記をご参考ください。

E社との出会い

冒頭で「短期バイト終了後に求人で見つけた」と書きましたが、実はこのE社の求人を見たのはその時が最初ではありませんでした。

実は新卒で入社したH社で働いていた頃、職場に嫌気がさして業務中に求人を探していた時期がありました。

その時に偶然発見したのがE社の求人です。

IT系の企業で本社が岩手県にあるという点に、岩手県民である私は心強く惹かれたのですが、当時は「IT業界では働きたくない」と思っていたこともあり、気には留めていましたが読み飛ばした感じです。

その時に社名を控えておけば、求人票を一から見なくても済んだんですけどね。

ちなみに、この時に至って(あれだけ嫌悪していた)IT業界に戻ろうと考えた理由は、営業やアルバイトといった厳しい環境で揉まれた今、正社員でしかも一度実態を見ている業界で「やっていける」という確信が持てたからです。

代表取締役との面接

応募は確かハローワーク経由だったと思います。

休職手当などを貰おうとしてハローワーク利用したのですが、結局手続きに必要な資料が足らず、お金をもらうことが出来ませんでした…。

履歴書などを送付したところ電話連絡があり、仙台支店での面接スケジュールが組まれました。

当日はまだ昼夜逆転の生活だったので、眠い目をこすりながらスーツに身を包んだ覚えがあります。むしろ仕事明けで気持ち悪いぐらいだったかもしれません。

応対して頂いたのは代表取締役でしたが、パッと見た感じで「部長クラスかな?」ぐらいに思っていました。

面接の内容はそれほど濃くありませんでした。

むしろ私自身の経歴が特殊過ぎて、そちらの方に興味を示されていましたね。

エンジニアとしての経験は、ブランクがあるものの若さでカバーできるレベルと判断され、ほとんどその場で内定を頂きました。

入社後のキャリアプラン

面接を終えてから入社までの間に、入社後のキャリアプランに関する打ち合わせの場が数回設けられました。

打ち合わせと言っても電話で私個人の希望の聴取があり、それに対して会社側の方針を「じゃあ、こういう感じで進めるね」と伝えられるぐらいですが。

何はともあれ、当時の私は地元である岩手県に戻って働くことを望んでいたので、その旨を会社に伝えました。

ただし、生活費用が(直前に起こした車の事故のせいで)ひっ迫していたこともあり、「仙台でしばらく働いて、落ち着いてから岩手に戻りたい」旨を伝えていました。

それがまさか思わぬ形で事が運ぶことになろうとは…。

入社してすぐに引っ越し

入社して間もなく社内で抱えている案件に参画するという話があり、その案件での作業に向けてパソコンをカタカタしていたある日のコト、事務の方から「今日の午後、面談ですけど大丈夫ですか?」というお話が。

寝耳に水とはこのことを言うのでしょうか。

参画すると思っていた案件の開発環境構築をしているさなかにまさかの別な案件のお話が来るという事態。

これがE社の社長のやり方であり、役職者レベルで進んでいた話が社長の一言でひっくり返るという状況は今なお変わっていない様です。

その案件がまさかの岩手での案件とのこと。

確かに「岩手に戻りたい」旨は伝えましたが、「仙台で落ち着いてから」という条件も付与していたのに…。

会社からの指示なので、大人しく従って面談に臨んだところ、スキルが抜群にマッチしており面談終了後5分でGOサインが出てしまいました。

かくして、4月入社で5月からの案件参画に備えて、引っ越しをするという事態に。

会社都合の引っ越しなのに自己負担

岩手での案件に参画することに決まり、入社早々に諸々の手続きを行わなくてはいけなくなりました。

案件のスパンが5年と長いこともあり、社長からは「現在の住居は引き払って、会社が用意するレオパレスに入居して」とのこと。

早速引っ越しの手続きに入りましたが、なんと引っ越しに必要なお金は上限3万円までしか支給されないとのこと。

見積もりを行ってみたら、その金額なんと10万円。差分の7万円は自己負担になりました。

見積もり後に色々調べてみたのですが、引っ越しの費用3万円で行えることと言ったら、レオパレスからレオパレスへの引っ越しぐらいの荷物量で、しかも閑散期でない限りその価格にはならないとのこと。

この時点で「入る会社間違えたかな」と、前途に不安を覚える始末となりました。

特別休暇中にいきなりの出社命令

GW辺りの引っ越しとなったため、飛び石になっていた間の平日は特別に休暇を頂いていました。

その為、GW最終日になって新居に入り、特別休暇期間中はゆっくり寝ようとしていたところ、9時半頃の着信で目を覚ますことに。

電話に出てみると総務の方から「社長からお話がありますので、お待ちください」とのこと。

そもそもその電話のかけ方ってどうなんでしょうか、という事は置いときます。

社長に代わり、第一声が「今から出社してくれる?」とのこと。

いや、あなた特別休暇出しましたよね?まだ仙台にいたり、実家に帰省していたらどうするつもりだったんでしょうか?

渋々「今から準備したら10時半ごろになります」と答えると「10時までに出社して!」と。

入社早々だったという事もあり、致し方なく急いで準備して出社しました。

お客様先は笑顔で迎えてくれましたが、後から聞いたところによると、私ではない別な人間が最初そのお客様の所に出社し、プロジェクトの朝会にて自己紹介までしたところで「あれ、面談したのこの人じゃないな」という一幕があったとのこと。

どうやら私の休暇取得状況を把握していなかったどころか、参画する人間のことまでも把握せずに指示を飛ばしていたらしく、この一件に関しては後々までの語り草となりました。

正社員にしてフリーランス

案件自体はとても面白みのある案件で、特にこれまで担当しなかったサーバーサイドを担当出来た事や、最新の技術・進め方などを経験できたのはとても良かったと思います。

加えて、新卒入社したH社で実行できなかった報告・連絡・相談に関しては細心の注意を払い、プロジェクトメンバーともうまく進めることが出来ました。

この案件での経験も、今の私の基礎をなしていると言えるでしょう。

余談になりましたが、案件に参画してたびたび残業が発生することもありました。

しかし翌月の給与明細には残業代ゼロという驚くべき記載が。

何かの手違いかと2ヶ月ほどは放置していたのですが、やはり残業代が入金された形跡はありません。

そこで、総務に確認してみたところ、契約時間を超過しない限りは残業しても残業代は発生しない、という回答を頂きました。

「は?」って感じでしたよね。

流石に堪りかねて雇用契約書を確認したうえで総務に対し、直訴のメールを送りました。

雇用契約上はこういう記載になっており、○月と〇月の残業代○時間分が支払われていません、と。

すると総務からの返信は「その件に関しては担当外なので社長に確認してください」とのこと。

回答した本人がその理由を答えられない時点でも充分おかしいのですが、回答できないからと言ってその確認を社長と直接やり取りせよ、という指示も不思議でなりませんでした。

エスカレーションのルートはどうなっているのか、と。

結局、社長と直接話し合いの場を設けることになり、メールの内容を口頭でお伝えしました。

社長の回答としては、「君の言うことはもちろんその通りだが、他のメンバーもその待遇で従事している。それらのメンバーには参画前に私の口から伝えていたが、君には伝え漏れていた。そこでメールに記載されている通りの金額は支払うが、今後はその待遇でやってほしい。」とのことでした。

この瞬間に退職を決意し、未払いになっていた分の残業代だけは大人しく貰うことにしました。

なお、今現在では流石にそれはまずいと思ったのか、残業はきちんと残業代が支払われるようになった模様です。

この時期に労基に駆け込んでおくべきだったかもしれませんね。

会社への最後通牒

残業代の1件で退職の決意はほとんど固まったのですが、最後に私からの最後通牒となる交渉を持ちかけました。

当時参画していたプロジェクトでのお客様からの私の評価はそこそこ高く、案件は長期に渡るため、私が抜けることで生じる摩擦は少なくないところまで来ていました。

そこで、その要素を盾に賃上げ要求を行いました。

お客様からの評価もいいので、低い水準で入社した私の待遇を少し改善して頂けないでしょうか、と。

それに対する回答は「来年の基本情報に合格したら○万円の昇給を約束する」というもの。

これまで数回にわたり約束を反故にされてきた私にとってはこの言葉は交渉の決裂を意味するモノでした。

退職の決意

未払い分の残業代が支払われたことを確認し、最後の交渉が決裂してからは転職活動期間に入りました。

その当時、付き合っていた彼女(今の妻)は仙台に住んでいたので、仙台での求人を探しました。

IT業界でもやっていける、という確信は持っていたのですが、時期的な影響もあってかIT系の求人は少なく、「とりあえず面白そうなものに」という思いで、またもや営業職への内定を獲得しました。

この時は面接回数が多かった為に3週間程度かかりましたが、1社エントリーしてそこから合格を頂いた形です。

合格を貰った直後から退職の相談に入り、かなり引き留めを受けましたが、既に転職になれていた私にとってそういう場で意思を伝える手段は確立していますので、1時間もかからずに退職の運びとなりました。

まとめ

E社に関して書きたいことは山ほどあるのですが、ほとんど愚痴になってしまうのでここらへんで切り上げてまとめておきます。

E社の良かったところ
  • 自社オフィス内は全てデュアルディスプレイ構成だった(当時としては珍しい)。
E社の悪かったところ
  • 全ての決裁権が社長にあった(決裁権が移譲されていないことで、うまく回っていない)。
    • 逆に言えば、社長に気に入られていれば残業代以外での融通は利いた。
    • その為、仕事は出来ないが社内営業に注力する無能役職者が大勢いた(できる社員ほどいなくなる)。
  • 残業代の支給要件がフリーランス契約と同等だった(社員としては損をするばかり)。
  • 業務命令による引っ越しにもかかわらず、自己負担金が発生した。

なお、E社を辞めて転職した先の経歴に関しては、以下の記事をご参考ください。

組織が脆いせいでしわ寄せが末端に来るというのは、経営者の怠慢としか言えませんね。

企業の価値を見極めるという点でそれが重要な要素であること学べたのは収穫と言えるでしょう。

…私が合理的過ぎるんですかね?

以上です。

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