盛岡への出張を退職という形で終結させ、再び仙台で仕事に就くことになりました。

IT業界から再び離れることになった理由

盛岡へ出張していた際に所属していた企業(以下:E社)は社長の気分でほとんどの組織編成が行われていました。

その為、下に人を付けても大丈夫だから役職をつける、というような人事評価制度がなく、お飾り上司も多数いました。

将来を考えた時に、マネジメント力を培うことのできる仕事、そして明確な人事評価制度がある仕事として思いついたのが営業でした。

再び営業職へ

なかでも目を付けたのが人材業界の営業でした。

理由は忘れてしまいましたが、ずっと売られる側の人材をやっていたので人材を売る方に回りたいと考えていたかもしれません。

また、盛岡から仙台への引っ越しに当然お金がかかるわけで、その会社の求人票によれば引っ越しに関わる費用を負担してくれるとのことでした。

給与水準もそれなりだったので、迷わずエントリーしました。

面接等はいつもと同じように自分を良く見せて、すんなり通過しました。

ただし、これまでの職歴があまりにも多かったため、社長判断により引っ越し手当を頂くことだけは出来ませんでした。

これが後々になって響いてきます。

人材業界としての仕事

以前の不動産の営業と同じで、まずは同行やアポ電からのスタートでした。

営業の世界では通例なのかもしれませんが、ここでも期待を全面に受けることになりました。

「君ならできると思う」「早く昇進してきてほしい」

そういった言葉により、研修期間も他の人より短く、新規のスタッフを抱える前に、既存スタッフの引継ぎまで手筈されていました。

当初はその期待に応えて早く稼げるようになるべく、多い日では1日に7件くらいアポを取得することが出来ました。

わりとアポ電は向いているのかもしれません。

ずっとオフィスに座っているのは耐えられませんが…。

IT業界への転換期

外回りの日も多く、ドライブ気分で仕事をしていましたが、一番のストレスになったのは「オフィスの雰囲気」でした。

IT業界のオフィスの雰囲気というのは静かにカタカタはもちろんですが、わちゃわちゃする場面もあります。

ただし、休憩時間は基本的に人それぞれで、集まって談笑しながら食べるのであればそういうスペースに行き、おとなしく食べたい人は自席で一人で食べます。

それが営業のオフィスであれば、常に話しながら食べる。

私個人は休憩時間も含め、仕事に関するやり取りが不要な場面であればおとなしく自分のしたい事をしていたい方です。

自分のやりたこともできずに人の話に付き合っているのを苦痛に感じ始めたころに、営業って向いてないのかもな、と思い始めました。

その次に気になったのが資料のフォーマットでした。

営業資料のいくつかはエクセルでまとめられていましたが、どれもIT業界での仕事を経験した方にとっては「ん?」と思うところがある資料でした。

その資料を私が実際に使う際に、「この資料のこの辺直してもいいですか?」と提案しさらには事務員さんの意見等も合わせて修正を行いました。

そうしたPC関連業務への意欲が「やはりIT業界は向いていたのかもしれない」と思うきっかけになりました。

退職まで

その会社は営業メインではありましたが、たとえば土日も強制出勤という風潮はなくなるべく土日は休む、という感じでした。

そのため、土日を(またもや)転職活動に充てることが出来、IT業界からの内定を頂いた時点で退職のお願いを上司にしました。

営業系の会社のありがたいところは、引き継ぎさえ終われば1ヶ月と経たずに退職できることですね。

こうして、IT業界での意思を再度固めることが出来ました。

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