月収100万越えを目指して不動産営業をしていた頃のお話

『DS-MAX系』での果物の訪問販売を辞めた後、「業務委託という契約はどうにも難しい」という思いもあり、正社員での求人を探しました。

ただ、果物の訪問販売をやっていた頃は「月収100万円」を目標としていたこともあり、平凡な給料のSEに戻るのではなく稼げる職業に就きたいと考えていました。

その中で目を付けたのが不動産営業という職業です。

果物の訪問販売で培った営業スキルを、今度は別な商品で生かしてみようと思ったのです。

不動産営業の面接

求人媒体は「はたらいく」というサービスを利用しました。

リクナビなどの大手で募集をしている不動産営業職には全国転勤などの可能性があるのですが、はたらいくは地方の企業にフォーカスしている点から、定住して働きたいと考えていた私にとって地域の不動産屋さんを探せるというのは大きな魅力でした。

まず結論から言いますが、営業職はやる気があれば就ける仕事だという事を実感しました。

面接は取締役とのマンツーマンで1回だけだったのですが、この中で前職のポジティブさを前面に出したうえで「いくら稼ぎたい?」の質問に「100万円です」と答えたのが合格の理由だったとか。

不動産会社の経営陣というのは(大手は別かもしれませんが)営業からたたき上げの方が多く、そういったやる気を評価して頂けるようです。

悪く言えば体育会系になるんでしょうけど…。

不動産営業の研修

入社してからは50歳前後の先輩との同行から始まりました。

その期間にやったことと言えば、本当に同行するだけ。

業務の流れを一通り一緒に体験したわけですが、肝心な不動産の営業を行うにあたって必要な知識は何も得られませんでした。

その理由は、前職が営業だったことを理由に「営業に関するスキルは大丈夫だから」というモノ。

いや、営業の根本は同じでしょうけど、売るものや所属が変わればそれに付随してやり方も少しは変わるでしょうに。

他の先輩社員が心配するほど、研修とは名ばかりの期間でしたね。

お昼ご飯を全て奢ってくれたことには感謝しています。

不動産営業としての独り立ち

先述した同行するだけの研修期間を経て、営業デビューという事になりました。

しかし営業デビューと言っても、反響(広告などを見てお問い合わせいただく事)の顧客は購買意欲が高いために営業成績の良い先輩にに回されていくため、新人である私はアポ取りからのスタートでした。

昼間は物件に関する情報収集や、自社で管理している物件の確認などを主に行い、夕方からアポ電を掛けるという流れ。

このアポ取りは果物の訪問販売とは違う苦痛がありました。

インターホン越し・対面から全く顔の見えないやり取りに代わるわけですから、それまで学んでいた営業スキルはさほど役に立ちません。

それでも何とか自分なりに工夫し、新人には異例の件数(平均の4倍)を稼ぐことが出来ました。

この中で自分だけで物件案内を行ったのが1件ありましたが、ボロボロでしたね…。

お客様はお一人だったのですが、ガチガチに緊張してしまいクロージングのタイミングを作れなかったり、ドアに手を挟んだり、最終的には車のタイヤをパンクさせる始末に。

しかしそれでも(お金への執着から)めげずに経験を積むことを意識して、継続していました。

不動産営業の転換期

時期的には営業デビュー後半の時期とほぼ重なるのですが、配属された店舗の売り上げが月目標の達成に足りないことが発覚しました。

そこで取られた体制というのが、店舗スタッフ総出で販促活動を行うというモノ。

これにより役職者と言えどもアポ電を掛けるという事態になりました。

加えて、早出・残業は当たり前でなおかつ休みなしという状況に。

そんな中でもアポは取得し続けていたのですが、先輩社員に同行して頂いてもなかなか売り上げに繋がらず、そんな期間が2週間程続きました。

今後も目標達成が出来ない時は、毎回こんな体制を強いられるのか。

そう考えたら「とてもじゃないけれど続けていけないな」と感じるようになりました。

またこの期間と相まって母親が体調を崩したこともあり、帰省のタイミングを作るためにも退職を決意することになります。

不動産営業を通じて学んだ事

以上が私が不動産営業として働いていた時の状況になります。

ここからは上記で書けなかったことを簡単に述べておきます。

不動産ってやっぱり怖い人だらけ?

そんなことはありません。

確かに見てくれが怖い人もいれば、過去の経歴が壮絶な方もいますが、総じて言えるのは筋が通っているかいないかを重要視するという点です。

「筋を通す」なんて言うといかにもそっち系の臭いがしますが、もっとかみ砕いて言えば「理にかなっているかどうか」ということです。

例えば「売り上げが上がらない」のはアポの取得件数が少ないからであり、アポの取得件数が少ないのはアポ電の件数が少ないからであり、じゃあ売り上げとしてコミットできる量のアポ電を掛けているのか?とか、ポスティング(チラシを配ること)よりもアポからの契約件数が多いのに、ポスティングに時間を割くのは何故なのか?とかそういった事です。

逆に言えば筋さえ通せば、怒られるなんてことは無く、むしろみんな揃って激励してくれる環境でした。

この環境で育まれた合理性の追及姿勢は今なお、私の中で生き続けています。

ただし、昼間働いている人達の多くは屁理屈ばかり並べたがるので、その姿勢が時としてストレスを生む事もあります。

平日休みの過ごし方

正社員でいながら平日休みだったのは後にも先にもこの時だけです。

それまでは少なくとも日曜日が休日だったので、慣れるまでは少々過ごし方に苦労しました。

平日休みの最たるメリットは、銀行や病院などに行けるコトでした。

サラリーマン時代は給料を下すのにも時間外手数料を払う必要がありましたが、平日休みであれば銀行が開いている時間帯に窓口にも行ける為、取引だけではなく事務手続きなどを行えるのもよかったですね。

その他には、働いている人の方が多い時間帯なので、街中の交通量も休日に比べては少なく、カラオケなども待ち無しで満喫することが出来ました。

最後に

まとめるほどには不動産営業を続けた期間が長くなかったので、その点は割愛させて頂きます。

不動産営業を通じての一番の学びは「筋を通す」ことでした。

この学びが無ければ、きっとその後の身の振り方も、今現在の私も無かったことでしょう。

以上です。

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